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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1743号 判決

控訴人ら先代太田雄策がその所有の本件土地を昭和十九年三月十四日被控訴人に対し控訴人ら主張の約定で賃貸し、被控訴人がこの地上に建物を建築してこれを他に賃貸していたが、昭和二十年三月三十一日強制疎開命令によつてその地上建物が取り毀されて借地権が東京都に移つた事実、控訴人ら先代が昭和二十一年二月二十八日疎開解除により東京都より本件土地の返還を受けた事実、並びに昭和二十二年一月二十七日被控訴人が控訴人ら先代に対し昭和二十年四月分から同二十二年二月分までの賃料を供託し、同年二月一日その旨通知をなすとともに右土地の借地権が被控訴人に存するものとして借地条件等の相談に応ずる旨継続借地の通告をなし、控訴人ら先代において同年二月十一日被控訴人に対し本件土地賃借の申出を拒絶する意思表示をなした事実及び控訴人ら先代が昭和二十四年五月十七日死亡し控訴人らが共同相続により権利義務を承継した事実は、いずれも当事者間に争ないところである。

控訴人らは、被控訴人が本件土地を不法に占有していることを理由にその明渡を求めるのに対し、被控訴人は、先ず(一)昭和二十一年十一月十五日控訴人先代に対し処理法に基ずく賃借の申出をなしたところ、控訴人先代が同法所定の三週間内に拒絶の意思表示をしなかつたので、期間満了のとき賃借の申出を承諾したものとみなされ、被控訴人は本件土地の賃借権を取得した、と主張し、控訴人らは、(二)被控訴人は処理法による賃借の申出は申出人が建物を建築して自らこれに居住するのでなければならない、これを他に賃貸し、或は譲渡するために借地の申出をなすが如きは法の保護するところでない。(三)仮りにかかる場合に賃借の申出をなしうるとしても被控訴人が控訴人ら先代に対し賃借の申出をなした事実を否認する。(四)仮りに被控訴人が控訴人先代に対し本件土地の賃借に関し申出があつたとするもそれは被控訴人が単に従前の借地権の継続を申し出でたにすぎないから、これをも同法による賃借の申出となすを得ない。(五)また仮りにこの借地の継続申出を同法による賃借の申出とするもこれに対しては控訴人ら先代においてただちに拒絶の意思表示をなし、この拒絶の意思表示には正当の事由がある。(六)さらに、被控訴人は昭和二十二年一月二十七日被控訴人主張のように賃料供託の通知とともに借地権の存続を通告し同年二月一日控訴人先代に送達されたが、これまた同法による賃借の申出ではないが、これを同法の賃借申出とするも、これに対しては同月十一日控訴人ら先代が拒絶の意思表示をなし、該意思表示は法定期間内であり且つ正当の事由があつたと主張する。これに対し被控訴人は、右(三)の拒絶の意思表示のあつた事実を否認する、仮りにこの意思表示があつたとするも、(七)この意思表示並びに昭和二十二年二月十一日の控訴人ら先代のなした拒絶の意思表示はいずれも正当の事由がなく且つ権利の濫用である、と抗争する。その他控訴人らにおいて被控訴人の無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除の主張等があるが、以上七点について判断する。

(一)、原審証人寺門忠吾、原審並びに当審証人大滝万次郎、植村博の各証言を綜合すれば、被控訴人が昭和二十一年十一月十五日頃控訴人ら先代太田雄康をその住居に訪ねて本件土地を従前どおり賃借したき旨申出をなし、これに対し控訴人ら先代がその場でこの土地は自分で使用するからといつて拒絶した事実を認定することができる。原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中控訴人ら先代が被控訴人の賃借申出を拒絶しなかつたとの事実はこれを措信しがたく、被控訴人提出援用にかかるその余の証拠によつては控訴人ら先代の拒絶の意思表示がなかつたことを認めるに足るものはない。むしろ後記認定の控訴人ら先代が昭和二十一年十一月頃から本件地上に工場、倉庫並びに自動車車庫を建築する計画を樹て疎開跡地を整理しその周囲に鉄条網を張り廻らした事実は、控訴人ら先代が拒絶の意思表示をなした事実を認むべき資料となすことができる。

(二) 処理法は、罹災または強制疎開によつて生じた借家借地関係の応急措置として、疎開建物の旧借主、疎開跡地の旧借主に対し従前の借家の敷地または従前の借地に対し優先的に借地権を取得するの途をひらき、これに関連して生ずる法律関係を規整し、これらの者にこの借地権に基ずき自力により建物を建築することを得せしめ、従前の場所に再び住居と営業を与え、その生活の安定をはかることを主眼としたものであることは多言を要しないところであるが、従前の敷地の借主が敷地に建物を建築してこれを他に賃貸または譲渡する目的のために賃借の申出をなすことを全面的に禁止するものでなく、かかる借地の申出といえども地主において異議なきときは、これを認めて支障なく、ただかかる借地の申出に対し期間内の地主の拒絶の意思表示に関して正当の事由を判断すべき資料として考慮すべき事情にすぎないと解するを相当とするが故に、控訴人らの被控訴人は処理法上の借地申出をなし得ないとの主張はその理由がない。

(三)、(四)、処理法にいわゆる賃借の申出は、あえて書面によるを要せず、口頭をもつて足り、単に旧借地人が建物所有の目的をもつて賃借の申出をなし、該申出が申出人において疎開前の賃借料にあらざれば賃借する意思のない場合には同法の賃借申出となすを得ないが、原審及び当審(第一回)における被控訴人本人尋問の結果によれば、従前どおり賃借したき旨を申し出で、あえて従前の賃料にあらざれば賃借しないという意思でなく、賃料については改めて協定したき意思であつたことを認めうるので、昭和二十一年十一月十五日の被控訴人の申出は同法による賃借の申出と認定するを相当とする。この申出に対しては、控訴人ら主張の如く後日賃料額その支払方法等につき当事者間に交渉協議のあることを通例とするが、このことの有無は右賃借の申出に消長を来すものでない。従つてこの賃借の申出に対し控訴人ら先代がその場において拒絶の意思表示をなしたのであるから、(五)、右拒絶の意思表示につき正当の事由があつたか否かが問題として残る。

(六)、被控訴人の昭和二十二年二月一日控訴人ら先代に送達された同年一月二十七日附の賃料供託の通知並びに賃借権継続の申出が同法上の賃借申出であり、これに対する控訴人ら先代の同年二月十一日の賃借拒絶の意思表示が同法上の拒絶の意思表示に該当するか否かは、前記認定のように昭和二十一年十一月十五日頃の被控訴人の申出が同法上の賃借申出である以上、被控訴人並びに控訴人ら先代はいずれも蛇足を加えた如き行為をなしたものとも言い得るのではあるが、後記認定のように、控訴人ら先代がすでに本件土地を自ら使用するため整理をはじめたので、被控訴人はさらに念を入れて賃借の申出をなし、該申出はたとえ旧借地権継続の申出であろうともこれを同法上の賃借申出と認むべきこと前認定と同断であるから、この賃借申出に対し法定の期間内である同年二月十一日控訴人ら先代のなした拒絶の意思表示につき正当の事由があつたか否かが問題となる。

しかして、第一、二次の拒絶の意思表示はその間日時の経過も短く両者において特に異なる事情も見出しがたいので、これを同日に論じうべく、(七)、加えて被控訴人主張の権利濫用の抗弁につき論及することとする。

正当事由の有無については、同法制定の精神に照らし、土地所有者及び賃借を申し出でた借主双方の土地使用の必要の程度をしんしやくし、社会の実情と衡平の観念とに従つて慎重に判断するを要すべきこと論をまたない。

前記寺門忠吾、大滝万次郎の各証言、原審証人小幡正治の証言及び同証言により成立を認めうる甲第六、七号証の各一ないし三、成立に争ない甲第十八、十九号証、当審証人大滝万次郎の証言により成立を認めうる甲第十七号証及び成立に争ない乙第八号証を綜合すれば、控訴人ら先代は、終戦前より精密諸器械工具の製造販売を業とし、終戦後昭和二十一年十一月頃から度量衡器の製造販売をも営むため、その製造工場、倉庫並びに自動車車庫を本件地上に新築すべき計画を樹て、その工事を小幡正治に請け負わせることとし、同人は、同年十一月十五日工場の見積として金三十万五千二百円、倉庫及び自動車車庫の見積として金五十四万四千円を計上し、その各設計図を作成し、同月頃から本件土地の疎開跡を整理し、その周囲に鉄条網を張り廻らし、太田精機工場建設敷地なる立看板を施し、栃木県の控訴人ら先代所有の山林より切り出した木材を製材にかけて、これを運び入れることになつたところ、本件土地の借地権に関し被控訴人と控訴人ら先代との間に紛争を生じ、被控訴人は、控訴人ら先代の使者となつて被控訴人方を尋ねた寺門忠吾に対し、「男衆デモ動員シテブチコワシテヤル」と建築を阻害すべきことを申し向け、昭和二十二年二月二十日附控訴人先代の借地拒絶の通告に対し、同月二十二日附で「京橋区入船町三丁目十三番地内宅地約七十八坪は拙者の所有借地権に付き如何なる理由有之候共当方の承諾なくしては敷地の使用は絶対に断乎許さざるに付き念のため然かと申送置候也、但し貴方に於て万一当方の申送りを無視し使用等有之候節は時日を構はず当方に於て直に敷地外に徹(撤の誤字)去致す者と承知有之可候右之通申送候也」との返信書を内容証明郵便をもつて控訴人ら先代に通知したので、控訴人ら先代としては、右建築を中止せざるを得ず、本件土地を被控訴人が占有しているので、同年三月二十九日東京民事地方裁判所昭和二十二年(ヨ)第三八二号決定をもつて本件土地並び地上建物に対する債務者(被控訴人)の占有を解き債権者(控訴人ら先代)の委任した執達吏に保管を命ずる旨の仮処分を得たが、本件土地は控訴人ら先代の店舗所在地東京都中央区銀座二丁目一番地にも近く、便利であり、控訴人ら先代は本件土地に建築計画を樹てるに当り、この近くの所有土地を財政上の都合から他に売却した事実もあり、控訴人ら先代が昭和二十四年五月十七日死亡した後は、実弟義次郎において営業を継続する事情にあることが認められる。一方成立に争ない乙第五、八号証、第九、十号証の各一、二、第十一、十二号証、甲第十一ないし十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証、原審証人工藤哲雄、早川幸一、松野昭、曾我勝二の各証言原審及び当審における証人植村博の証言、被控訴人本人尋問の結果(但し後記措信せざる部分を除く。)を綜合すれば、被控訴人は、戦前から東京都中央区新富町三丁目十三番地に居住し、昭和十九年控訴人ら先代より本件土地を賃借し、その地上に建築した建物には訴外久江田高光らを居住させて賃貸し、強制疎開によつて該建物が取り毀されてからも本件土地の賃借権は自己にあるものと信じ、疎開解除により東京都より控訴人先代に本件土地が返還された後昭和二十一年十一月十五日頃控訴人先代を訪ねて従前未払の地代を計算されたく引き続き借地する旨申し出て、控訴人先代が本件土地を使用せんとする行為を自己の借地権を侵害するものなりとしてこれを排し、昭和二十二年三月十八日久江田高光に本件土地のうち三十二坪を使用せしめ、同人は該地上にバラック建平家一棟建坪十二坪を建築して居住し、同年四月四日東京都に建築許可の申請をなし同月三十日許可となつたが、右許可申請には被控訴人が本件土地の管理人として土地所有者たる控訴人ら先代のために建築による土地使用の承認をなし、久江田高光は同年六月十六日右建物を担保として京橋信用組合より金四万円を借り受けた。この間被控訴人は控訴人ら先代より前記仮処分の決定を受けるや該決定にうたわれた金五千円を供託して建築を続行しうるものと信じ、久江田高光において右建物を木造杉皮葺平家建店舗兼居宅一棟建坪十四坪三合八勺(本件建物)に改増築し、昭和二十六年七月六日久江田良雄名義に右建物の所有権保存登記をなし、同日附をもつて被控訴人に売買に因る所有権移転登記をなした。また被控訴人は曾我勝二に対し昭和二十四年十一月頃本件土地の久江田高光に使用せしめた残余のうち三十五、六坪を材木置場として使用せしめ、曾我勝二は同地上に高さ六尺長さ約八間の板塀を二方に張り廻らし、その中に大工が仕事するための日除け小屋を作つたことがあり、被控訴人としては、前記新富町の居宅が戦災を免れたため、これに従前どおり居住し、本件土地は戦前と同様建物を建築してこれを他に賃貸する目的である事実を認めるに十分である。

被控訴人は、久江田高光の建築した本件建物は被控訴人が同人をして建築せしめた自己所有の建物であつて、その建築費用等はすべて被控訴人の支出にかかる旨主張するが、この点に関する原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果は成立に争ない甲第十一ないし十三号証の記載内容に照らして措信しがたく、被控訴人提出援用にかかる証拠によつては、ただ現に被控訴人が本件土地を占有し、その地上に本件建物を所有している事実を認めうるのみで、所詮右認定を覆えすに足りない。

右当事者双方の事情を前叙の見地に立つて慎重に判断するときは、控訴人ら先代において被控訴人の賃借申出を拒絶すべき正当の事由あるものと認定せざるを得ない。従つて被控訴人主張の権利濫用抗弁については、以上認定のように控訴人先代が本件土地に工場、倉庫及び自動車車庫を建築するため財政上の都合から本件土地以外の土地を売却したことは一応首肯せられるところであり、他に控訴人ら先代において拒絶の意思表示をなすにつき、信義に背き誠実を欠く等権利の社会性を害すべき特段の事由を認めがたいので、この抗弁は理由なく採用するを得ない。

果して然らば、被控訴人は本件土地につき、控訴人らに対抗しうべき賃借権その他の権利を有せず、本件土地をその地上に本件建物を所有して占有していることは何らの正権原なき不法占有といわなければならないのであつて、控訴人ら先代の共同相続人としてその権利義務を承継した控訴人らに対し、本件土地をその地上の本件建物を収去して明け渡すべき義務を負うものというべきである。

よつて、爾余の点について判断をなすまでもなく控訴人らの本訴請求をすべて正当として認容すべく、これと所見を異にする原判決は失当なるをもつてこれを取り消すべきものとする。

なお、控訴人らは本件につき仮執行の宣言を求めており、本訴提起以来相当の年月を経ていることは記録によつて明らかでその請求の無理からぬ点もうかがえるけれども、判決の確定をまつことなく建物の収去を命ずることは現下の社会情勢に照らし穏当でなく、かようにしなければならない程の著しい損害ないしは急迫した事情が控訴人側にあるとも考えられないので、仮執行の宣言は特に附しないこととした。

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